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東京高等裁判所 平成2年(行コ)49号 判決

東京都新宿区四谷四丁目三〇番地二三

ビルド吉田五〇二号

控訴人

古市滝之助

右訴訟代理人弁護士

横井治夫

東京都新宿区三栄町二四番地

被控訴人

四谷税務署長 三好毅

右指定代理人

伊藤正高

杦田喜逸

綱脇豊紀

郷間弘司

大島誠二

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決中、昭和五七年分所得税更正請求拒否通知処分に関する部分を取り消す。神田税務署長が昭和五九年六月二〇日付けでした控訴人の昭和五七年分の所得税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決事実適示のうち、昭和五七年分の所得税及び同年分の更正の請求に関する部分のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人)

本件酒類販売業は、東菱酒造が控訴人の全酒類販売免許を借用して行つていたものであり、これによる事業所得は東菱酒造に帰属すべきものであることは、以下のような事実からも明らかである。

1  本件酒類販売業による売上金は全額東菱酒造が受領し、仕入代金等も東菱酒造が支払い、その記載は東菱酒造のコンピユーターで整理していた。また、本件酒類販売業に伴う従業員給料、車両運送費、広告宣伝費等の経費はすべて東菱酒造が支出していた。

なお、控訴人は、別件訴訟等において、本件酒類販売業の主体は控訴人である旨供述しているが、これは、形式上の営業主体が控訴人とされていたものにすぎず、事業の実体について供述したものではない。

2  右主張を裏付ける具体的事情

(一) 課納税仕入について

東菱酒造の決算資料によれば、同社の昭和五六年七月一日から昭和五七年六月三〇日までの事業年度における課納税酒仕入高は一三億二四三九万五五六〇円であり、昭和五七年七月一日から昭和五八年六月三〇日までの事業年度における右金額は九億〇六四五万七七二八円であるとされているが、このような多額な仕入高の計上は、本件酒類販売業の他製酒仕入が東菱酒造の仕入であり、これを控訴人が清算していないことを物語るのである。

(二) 開発費について

東菱酒造は、販売場の買収費用をいったん仮払にしたうえ、決算期にまとめて開発費に計上していた。その開発費の金額は、東菱酒造の決算書によれば、昭和五六年七月一日から昭和五七年六月三〇日までの事業年度が三億〇七九一万六一八三円であり、昭和五七年七月一日から昭和五八年六月三〇日までの事業年度が二億四四五八万二二〇〇円であるとされているが、東菱酒造は、最終的には昭和五八年六月期末にこれを特別損失として全額償却した。このことは、東菱酒造が販売場の買収費を支出していることを示すものであり、ひいては本件酒類販売業が東菱酒造の営業であることを物語るものである。

(被控訴人)

控訴人の主張はすべて争う。

1  控訴人は、別件訴訟等において、酒類を販売するのは控訴人であり、酒類の販売価格は控訴人が決定し、配送業務は控訴人の経費ですべて行う旨を釈明し、主張しているのであり、このことからも、本件酒類販売業の営業主体が控訴人であることが明らかである。

2  控訴人主張の具体的事情について

(一) 東菱酒造の決算に課納税酒仕入が計上されていたとしても、当該他製酒の計上されていたと推認する経験則はなく、このことは、その額が多額と評価しえたとしても同様である。また、原価算出記載の数字をもつて、直ちに売上が計上されていたとすることもできない。なお、仮にその双方が計上されているとしても、計上すべきでなかつたものを誤つて計上していた可能性が強い。

(二) 開発費として計上されていたものが本件酒類販売業に係る販売場の取得費用であるか否かは不明であるが、仮に、右取得費用が販売場に係る土地及び建物などの取得費用であるとしても、一般的に公正妥当とされる会計処理によれば、右取得費用は有形固定資産の土地及び建物の項目に計上され(財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則二二条及び二三条)、開発費に計上されることなどない。

また、仮に右販売場が本件酒類販売業のために使用されていたとしても、それは単に控訴人が右販売場を東菱酒造から借用して本件酒類販売業を行つていたものにすぎず、右借用と右酒類販売の実質的所得者が誰であるかは別個のことであり、右実質的所得者が控訴人であることを覆す証拠とはなりえない。

三  証拠関係は、原審における書証目録並びに当審における書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本件控訴に係る請求は理由がなく、これを棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決理由説示のうち、五七年分処分に関する部分のとおりであるから、これを引用する(なお、控訴人は、五六年分処分については控訴していないから、当裁判所は、この取消請求については判断しない。)。

1  控訴人は、当審において、本件酒類販売業を実際に行っていたのは東菱酒造であり、控訴人は単に名義を貸していたにすぎない旨供述する。しかし、全酒類販売免許を有していたのは控訴人であるから、控訴人が、違反を承知の上で、自らの全酒類販売免許を東菱酒造に貸与し、同社に他製酒の販売を行わせることにしたのであるとは容易にいい難い。この点について、控訴人は、当審において、他銘柄の酒類を目玉商品にすることによつて、東菱酒造の自製酒の販売に活力を与えるためである旨供述するけれども、これとても合理的な理由があるとは認め難い。これに加えて、先に引用した原判決理由の説示(原判決十九枚目表六行目冒頭から同二〇枚目裏三行目の「提出されていないこと」まで)に照らせば、控訴人の前記供述部分はそのまま証拠として採用することは困難である。

なお、控訴人は、別件の差押処分無効確認等請求訴訟や損害賠償請求訴訟において、本件酒類販売業の主体が控訴人である旨供述したのは、形式上の営業主体が控訴人とされていたことから、これと符合させるためにしたものである旨主張し、当審においても、これらの訴訟において控訴人を原告としたものは、そのようにしないと、東菱酒造が無免許ということで直ちに差押処分を受け、営業できなくなるからである旨供述する。しかし、控訴人が、これらの数々の訴訟において、単に形式上の営業主体に合わせるため、本件酒類販売業の主体が控訴人である旨供述したものとはたやすく断定できない上、もしそのように別訴において自己に都合の良い言い逃れをしておいて、後に負担を免れるため反対の事実を述べたてるというのであれば、そのような言い方は信義にもとるばかりでなく、供述自体の信憑性を損なうものといわざるをえない。

2  次に、成立に争いのない甲第一五、一六号証によれば、東菱酒造の決算報告書には、昭和五六年七月一日から昭和五七年六月三〇日までの事業年度における課納税酒仕入高は一三億二四三九万五五六〇円と、昭和五七年七月一日から昭和五八年六月三〇日までの事業年度における課納税酒仕入高は九億〇六四五万七七二八円とそれぞれ記載されていることが認められる。

控訴人は東菱酒造の決算書にこのように記載されていることをもつて東菱酒造が本件酒類販売業のため、他製酒を仕入れたものであると主張するのであるが、他に客観的な裏付けのない本件においては、右のような課納税酒仕入高の記載だけをもつてこれが本件酒類販売業に係る他製酒仕入を示すものであると断ずることはできず、この点に関する控訴人の主張は直ちに採用することができない。

また、成立に争いのない甲第一七ないし二〇号証によれば、東菱酒造の決算報告書には、昭和五六年七月一日から昭和五七年六月三〇日までの事業年度の開発費として三億〇七九一万六一八三円、昭和五七年七月一日から昭和五八年六月三〇日までの事業年度の開発費として二億四四五八万二二〇〇円と計上され、昭和五八年六月期末にその全額を特別損失として償却する記載がされていることが認められる。

控訴人は、この記載をもつて、東菱酒造は本件酒類販売業の販売場の取得費用を自社の開発費に計上したものであり、東菱酒造が本件酒類販売業を行つていたことを示すものであると主張する。しかし、このようにして計上されている開発費が本件酒類販売業に係る販売場の取得費用であることを裏付ける客観的証拠はない上、仮に右販売場を東菱酒造が買い入れたものとしても、控訴人は東菱酒造からかかる販売場を借り入れて本件酒類販売業を行つていたともいえるから、東菱酒造の決算報告書に前記のような記載があるからといつて、それだけでは東菱酒造が本件販売業を行つていたと認めることはできない。したがつてこの点に関する控訴人の主張も採用することができない。

二  以上、控訴人の前記請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 大坪丘 裁判官 近藤壽邦)

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